【伝統的工芸品のご紹介】~熊野筆(広島県)~
2023.01.13 伝統工芸品について
【名称】
熊野筆
【熊野筆の産地】
広島県安芸郡熊野町
【熊野筆とは?】
熊野町で製作されている筆の全てが、熊野筆を名乗れるわけではありません。
「毛もみを行う時はもみ殻の灰を使う」「糸締めは麻糸を使う」など、古来より受け継がれている伝統的な技法を用いていることが条件になっています。
完成品が出来上がるまでに70を超える工程があり、そのほとんどは職人たちによる手作業で行われています。
どの工程も巧みな技術を必要としますが、その中でも「選毛」「毛組み」は特に難しい作業であると言われています。
1975年5月、広島県で初めて伝統的工芸品に指定されました。
熊野町の人口は約24,000人ですが、その内2,500人が筆作りに携わっています。
素晴らしい伝統技術を後世に残していくため、熊野町は後継者の育成も積極的に推し進めています。
【熊野筆の特徴】
最大の特徴と言えるのが、毛先です。
毛先を切りそろえず、そのまま仕上げます。
自然毛の特長を活かすことで、繊細かつコシを兼ね備えた毛先の筆になります。
また、熊野筆は、原料に獣毛を用いています。
その種類も豊富で、馬、ヤギ、たぬき、鹿、イタチ、猫などさまざまです。
【熊野筆の歴史】
熊野町は農業に従事する人々が多い地域だったので、閑散期になると吉野(奈良県)や紀州(和歌山県)へと出稼ぎに行く人が多数いました。
そして、現地で得たお金で筆や墨を仕入れて、熊野に帰る道中で売りさばいていたのです。
こうして筆との接点を持ち続けたことで、1835年に佐々木為次が有馬(兵庫県)に行き、筆製作について学びました。
また、1846年に井上治平が、浅野藩(広島県)の筆司(筆作りを仕事にしている人)から筆作りを学びます。
乙丸常太も有馬で筆作りを学び、熊野に帰りました。
彼らは筆作りを村人たちに熱心に教え、その結果、製作技術が熊野中に広がっていきます。
こうして、熊野筆が始まったと言われています。
その後、広島藩からの推奨もあり、熊野での筆作りはますます盛んになっていきました。
明治時代に入り国民一般の教育が重視されるようになると、筆の需要が高まり生産量も一気に拡大します。
しかし、第二次世界大戦が原因となり、一時的に生産が行えなくなりました。
戦後、書道が小学校の必修教科から外されたことがキッカケとなり、画筆や化粧筆といった書筆以外の製作を開始します。
1958年に書道教育が再び行われることになり、書筆以外にも販路を広げていた熊野筆の需要はさらに増すことになりました。
現在、熊野筆の国内生産におけるシェアは、約80%を占めています。
【熊野筆の製作工程】
①選毛、毛組み
選毛とは、読んで字の如く「筆にする毛を選ぶ」ことです。
原料となる毛の中から質の高いものを選別し、筆の種類によって毛の量を決めます。
②毛もみ
以下の手順で行います。
・選んだ毛に、もみ殻の灰をまぶす
・「火のし」という、火のついた炭を入れて熱でシワを伸ばす道具を使って熱を加える
・鹿の革に巻いて揉むことによって、毛に付いた油分を抜く
③毛そろえ
不要な毛を取りのぞくために、クシを通して毛先を揃えて重ねていきます。
④さか毛・すれ毛とり
半差しと呼ばれている小刀を用いて、切れてしまっている毛や逆毛などを、職人たちが指の感触をもとに抜き取っていきます。
筆に合った良い毛のみを、丁寧に選り抜きます。
⑤寸切り
筆の穂先は、毛先から順に「命毛」「のど」「肩」「腹」「腰」という5つの部位に分かれます。
寸切りとは、この5つの部位に必要な長さに毛を切りそろえる作業です。
職人たちが何度も確認しながら、少しずつ整えていきます。
⑥練り混ぜ
水に浸して、毛組みにムラが出ないように整える作業を「練り混ぜ」と言います。
塊があればほぐし、毛をうすく伸ばしながら、何度も折り返しながら混ぜ合わせていきます。
⑦芯立て
練り混ぜした毛を1本分の量に分けて、筆の形に整えていくのが芯立てです。
コマと呼ばれる筒状の型に毛を通し、筆に合った量に調整し、毛先を出しながら形を作っていきます。
⑧衣毛巻き
衣毛とは、穂首の芯の周囲に巻き付ける毛のことで、芯に使用するものより上質の毛が使われます。
芯にまんべんなく衣毛を巻く作業は、職人による熟練の技術が特に必要です。
巻き終わったら、自然乾燥させます。
⑨糸締め
乾燥した穂首の根元を麻糸でくくった後、焼きコテを当てます。
熱によって、毛の成分であるタンパク質が固まったら、この工程は完了です。
⑩軸選び
穂首に合ったサイズの軸を選びます。
⑪ため
選択した軸を火の上で加熱して温め、ため木に当てながら軸のゆがみをなくし、真っすぐにしていく工程です。
⑫軸の切断
筆の目的に合った軸の長さに切断します。
⑬コツ付け
セルロイド製や木製のコツを、軸の先に接着します。
⑭ロクロ加工
前工程で接着したコツを、ロクロで削っていく工程です。
太さは、軸に合わせます。
⑮軸磨き
軸にツヤを出すため、水磨きをした後にロウでさらに磨きます。
⑯糸付け
小穴を開ける道具でコツの先端に穴を開けたら、掛けひもを通します。
⑰ダルマ加工
ダルマをロクロにはめたら回転させ、キサゲと呼ばれるノミのような工具で削っていく工程です。
面取りや、軸のサイズにダルマを調整するために行います。
⑱ダルマ付け
軸に接着剤を塗ったら、ダルマをキサゲで軽く叩きながらはめ込む工程です。
⑲くり込み
入りやすいように穂首の内側を等しく削ったら、接着剤を塗った軸にはめ込みます。
⑳仕上げ
穂首の寿命を保つために行うのが、ノリ固めです。
叩きつけるように、穂首にノリを十分に含ませます。
その後、麻糸を穂首に巻きつけ、軸を回転させながら不要なノリをしぼり取ります。
穂首の形を整えて、しっかり自然乾燥させたら完了です。
㉑銘彫刻
工房ごとに銘を刻みます。
最後、彫刻した箇所に顔料を塗って色付けをしたら完成です。